メディカル・ズームイン

「痛み」治療のスペシャリスト
「ペイン外来」で生活の質を向上
板橋中央総合病院附属 板橋セントラルクリニック

日本人の22・5%が慢性的な痛みを抱えているというデータがあります。怪我や病気は治ったのに、しつこい痛みが残っている...。背骨や腰、膝の疾患の治療がはかばかしくない...。
2020年6月、板橋セントラルクリニックに開設した「ペイン外来」は、そんな患者さまの心強い味方。痛みを通して総合診療を行い、痛みのメカニズムに応じて多角的な治療法を提供します。麻酔科診療部長の渡部晃士医師に詳細をうかがいました。

板橋セントラルクリニック・ペイン外来/板橋中央総合病院 麻酔科診療部長 渡部晃士 医師

  • 日本麻酔科学会認定医・専門医・指導医
  • 厚生労働省麻酔科標榜医
  • 日本ペインクリニック学会専門医
  • 厚生労働省がん診療に携わる医師に対する緩和研修会修了

「痛み」のメカニズムを知って対策を

ー 頭痛、顔の三叉神経痛、五十肩、腰痛、膝痛、坐骨神経痛...。
ペイン外来はどんな痛みにも対応していただけると聞きました。

渡部 痛みは、病気や怪我などの異常を知らせる危険信号です。まず、痛みを感じるメカニズムを確認しておきましょう。私たちの体には、脳と全身をくまなく結ぶ神経ネットワークがあります。脳と、背骨(脊椎)のトンネルを通る脊髄が中枢神経。そこから枝分かれした末梢神経が、組織のすみずみに向かいます。
神経は双方向性で、脳からは体を動かし、内臓や循環器をコントロールする命令が送られる。末梢からは痛い、かゆい、熱いなどの感覚が脳に届きます。

ー 痛みを感じる主体は、脳なのですね。

渡部 痛みの種類も大きく3つに分けられます。1つが病気や怪我が原因の侵害受容性疼痛。2つめが、怪我や病気が治ったあとも、神経の興奮が続いて痛む神経障害性疼痛。3つめは、痛みに長く悩まされたため脳が過敏になり、痛みの原因がなくなっても、脳が痛いと感じ続ける心因性疼痛。
人によって1〜3が複雑に関係脊髄刺激療法の手術。トライアル用のリードを植込むすることがあり、急性期の治療を終え普通なら痛みがおさまる時期を過ぎてから、3ヵ月以上症状が続くと慢性疼痛と呼ばれます。

ー 確かに、長年頭痛や腰痛を訴えている人は多いですね。

渡部  痛みがあると、緊張して体が硬くなるでしょう? 血流も悪くなります。すると患部に炎症性物質や、痛みの物質が溜まってしまい、ますます痛みが強くなる。負のスパイラルですね。これに疲れや冷え、睡眠不足などが重なれば症状はさらに加速。イライラしたり、落ち込んだり、心因性の痛みまで誘発しかねません。

ー 痛みが“こじれて”しまう?

渡部 そう。ペイン外来に来る方の多くは、原因疾患が何であれ、痛みのために生活の質が低下し、困っておられます。仕事が満足にできない、買物や旅行に行かれない。趣味を楽しむ、友人と集まる機会も減ってしまった......。
初診ではゆっくりとお話を伺い、治療計画をたてます。現在も怪我や病気で医療機関にかかっているなら、主治医に紹介状を書いてもらい、治療と服薬の経緯を確認する。膝や腰などの痛みで、整形外科的な検査や治療が必要と思われれば、専門の医療機関を紹介する。診察したら胸痛が心筋梗塞の前触れだった、腰痛ががんの骨転移だったという例もあるので、まず体の機能チェックは欠かせません。



近赤外線治療器

ー その上で、オーダーメイド治療のスタートですね。

渡部  患者さまが本来持つ自然治癒力を引き出し、少しずつ前向きな気持ちになってもらうことが大切。痛みを恐れ、体を動かす習慣があまりないので、理学療法士の指導で少しずつ筋肉をほぐします。あるいは筋肉を鍛え腰や膝にかかる体重の負担を軽減することも効果的。

近赤外線装置を用い、患部に温熱をあてて血行を改善する光線療法も好評です。これには痛みの伝達を抑える作用もあります。

ー 運動療法と理学療法で、全身のコンディションを改善するのですね。痛み止めのお薬は、どのようなものが処方されますか?

渡部 急性期は、発痛物質や炎症性物質の産生を抑えるNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)が多く使われます。神経の興奮が続いている神経障害性疼痛には、プレガバリン(リリカ)など抗てんかん薬や抗不整脈薬を適宜処方。冷えや鬱血が気になる方、イライラの強い方には、漢方薬を試すこともあります。
近年は抗うつ薬が痛みに効くこともわかってきました。

ー 心因性疼痛向けですか?

渡部 え、神経障害性疼痛が対象です。実は、ヒトの体には〝鎮痛システム〞が備わっているんです。脳に痛みが届くとそれが発動し、脳は痛みを緩和する神経伝達物質を放出。神経ネットワークを介し、患部につながる脊髄まで送られ、末梢からの痛みの伝達を抑えます。医学用語では「下行性疼痛抑制系」。激痛で動けずにいると、安全地帯に退避できないので、身を守るために獲得した機能なのでしょう。

ー 人体の神秘ですね。

渡部 慢性疼痛の方は、この下行性抑制系が低下傾向にあります。そこで痛みを緩和する神経伝達物質=セロトニンとノルアドレナリンを増やすSNRI(サインバルタなど)や三環系抗うつ薬(トレドミンなど)を活用します。うつ病の方にも使われますが、ペイン外来では、あくまで鎮痛作用に着目しての処方です。

「神経ブロック」と新たな治療法「脊髄刺激療法」


脊髄と脊椎(背骨)の仕組み


星状神経節ブロックの位置

ー 「神経ブロック」という治療法があるとうかがいました。

渡部 神経ネットワークの中から、患者さまの症状に合わせ、痛みの伝達経路となる神経、あるいは神経周辺に局所麻酔薬などを注射する治療です。炎症が強い時は、抗炎症作用のあるステロイド薬を加えることもあります。

時間と共に麻酔は切れてしまうのですが、日数を空けながら複数回繰り返すと、神経の興奮が静まる、筋肉の緊張がほぐれて血行がよくなり、発痛物質が流れる、酸素や栄養がしっかり届くなどで患部が安定。痛みが軽くなっていきます。超音波装置で神経の位置を確認し、慎重に行われます。

ー 代表的な神経ブロックを教えてください

渡部 では5つ紹介しましょう。
星状神経節ブロック:頚部にある交感神経が集まったポイントに打つ。上肢から上の痛みが対象で、帯状疱疹後神経痛、三叉神経痛、頭痛、頸椎ねんざ、五十肩、腕や肘、指の痛みなど。
硬膜外ブロック:背中側から、脊髄を覆う硬膜の外側に打ち、背骨のトンネル(硬膜外腔)に薬を注入。症状に応じ、注射の位置は首〜腰の下部まで様々。顔以外の疼痛・しびれなどの神経症状に。
神経根ブロック:脊髄から枝分かれした神経根に打つ。脊髄神経が関与する頚椎症、椎間板ヘルニア、脊柱管狭きょうさく窄症、帯状疱疹後神経痛、がん性疼痛などが対象。
傍脊椎神経ブロック:神経根が椎骨の穴から出てきた部位に打つ。対象疾患は神経根ブロックと近似するが、交感神経もブロックするので、血流改善に役立つ。
トリガーポイント注射:トリガーポイントとは、筋肉や筋膜が固まり、痛みの発生源となる部位。漢方のツボと同様、全身にあるので症状に応じて注射をする。


高周波熱凝固法とパルス高周波法に使われる装置と針
ー 効き目の弱い場合の対処法はありますか?

渡部 難治性の痛みの場合、当該の神経を壊す薬(無水アルコールなど)の使用を検討します。特殊な針で高周波エネルギーを通電させ、神経を熱凝固する「高周波熱凝固法」という方法もあります。
この装置は、42度以下の低温の高周波を断続的に通電し、神経の興奮を鎮める、低侵襲な「パルス高周波法」にも利用可能。神経を壊すことなく、一定の鎮痛効果が期待でき、おすすめです。


脊髄刺激療法のイメージ

ー 注目の「脊髄刺激療法(SCS)」について教えてください。

渡部 脊髄に微弱な電気を流すことで、痛みの信号の伝達を妨げ、疼痛を和らげる治療です。
神経の異常や血流障害による痛みに有効とされ、手術後に残存する痛み(複合性局所疼痛症候群)、脊椎・脊髄疾患、帯状疱疹後神経痛、閉塞性動脈硬化症、外傷の後遺症などがあげられます。

ー どうやって電気を流すのですか?

渡部 局所麻酔下の手術で、ペースメーカーのような小さな機械を背中に植込み、そこからリード線を脊髄の外側(硬膜外腔)に挿入。電気刺激を送ります。刺激の強弱はリモコンを使い、患者さま自身がコントロールすることが可能。手術は1時間半ほど。入院期間は1週間程度です。

ー 誰にでも効果がありますか?
渡部 個人差がありますので、通常1週間のトライアル期間を設けます。この場合はリード線だけを植込み、自身で体外式神経刺激装置を操作。効果があれば本機の植込み手術を実施します。

ー さまざまな治療法があるので驚きました。

渡部 ただ、痛みのメカニズムはとても複雑で、残念ながら痛みをすべて取り去る魔法のような治療法はみつかっていません。

ペイン外来の仕事は、一人ひとりに合わせ、痛みを極力軽減する治療を提供すること。そして患者さまが痛みを上手にコントロールし、日常生活の質を上げていけるようお手伝いをすることです。体の痛みだけでなく心の痛みも理解し、支援する伴走者でありたいと思っています。

ー ありがとうございました。

ペイン外来を受診する方の主な疾患

三叉神経痛 顔の感覚を司る三叉神経に起因する、突発的で強い痛み。血管による三叉神経の圧迫が主な原因とされる。
重篤であれば血管の位置を改善する外科手術を検討。
帯状疱疹後神経痛 水ぼうそうのウイルスは一度罹患すると生涯神経節に潜伏。
過労などを引き金に活性化し皮疹や神経の痛みを引き起こす。
部位は当該の神経節が支配する領域で、顔や体幹に多い。皮疹がおさまったのちもしばしば神経痛が残る。
肩関節周囲炎 五十肩。明確な原因は不明だが加齢に伴い骨・軟骨・靱帯・腱など関節の組織に炎症が起こるとされる。
腰部椎間板ヘルニア 背骨は24個のブロック状の椎骨と、仙骨、クッション役の椎間板で構成されている。
何らかの理由で椎間板が背骨のトンネル(脊柱管)側に飛び出すと、中を通る脊髄を圧迫し強い痛みが起こる。
自然治癒する例から手術が必要な例まで症例差が大きい。
腰部脊柱管狭窄症 加齢に伴い背骨の椎間板や靭帯が変質・変形するために、脊柱管が狭窄。
脊髄が圧迫され、休み休みにしか歩けない間欠性跛行と足腰の痛み、しびれが起こる。手術療法がある。
坐骨神経痛 椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症主な原因とする、臀部や脚部の痛みとしびれ。
変形性膝関節症 膝の軟骨が加齢ですり減り、脚の骨同士がこすれ合うため、
膝関節内に痛みと炎症が起こる。

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