メディカル・ズームイン

精緻な手術で術後の生活の質を守る
直腸がんのダビンチ手術
新松戸中央総合病院

先進的ながん医療への取組みを積極的に行っている新松戸中央総合病院。2020年6月に最新鋭の手術支援ロボット「ダビンチXi」を導入。直腸がん、肺がんを筆頭に着実に実績をのばしています。目指すは患者さま一人ひとりに合わせたがん個別化医療。詳細を院長で消化器外科のスペシャリスト松尾亮太医師にうかがいました。

新松戸中央総合病院院長 松尾 亮太医師

  • 日本外科学会外科専門医・指導医
  • 日本消化器外科学会消化器外科専門医・指導医・消化器がん外科治療認定医日本内視鏡外科学会技術認定医
  • 日本消化器病学会消化器病専門医・指導医
  • 日本肝臓学会肝臓専門医・指導医
  • 日本肝胆膵外科学会評議員
  • 日本がん治療認定医機構がん治療認定医

「ダビンチ」は繊細な手術が得意

ー 新松戸中央総合病院では、2020年6月に、最新世代の手術支援ロボット「ダビンチXi」を導入しました。まずダビンチ手術とはどのようなものなのか、基本から教えてください。
松尾 当院では呼吸器外科、消化器外科、泌尿器外科領域で応用していきますが、一番のターゲットは悪性新生物=がんです。よい「がん手術」の条件は2つあり、1つはがん細胞の取り残しがないこと。もう1つは腫瘍周辺の神経や組織を極力温存できること。がんの根治を目指すと同時に、術後の身体機能を術前と同レベルに維持することが理想です。
ー 二律背反の厳しい条件ですね。ダビンチ手術ならその理想に近づくことができる、と?
松尾 体幹部のがん手術は、メスで体を切開する「開腹・開胸手術」と、体に複数ヵ所小さな孔を開けカメラと手術器具を挿入して行う「腹腔鏡下・胸腔鏡下手術」の2タイプがあります。後者は痛みと出血、感染リスクが少ないなどがメリット。腹腔鏡下では炭酸ガスでお腹を膨らませるので、クリアな術野も確保できます。ダビンチ手術は腹腔・胸腔鏡下手術の発展形で、カメラと手術器具を装備したロボットアームを用いるもの。執刀医は、手術台とは離れたコンソールボックスに着席し、モニター動画を見ながらアームを操作して手術を行います。

ー 特に優れている点を教えてください。
松尾 まず抜群の解像度を誇る3D画像ですね。アングルの操作性も高く、がん細胞と周辺の細かい神経や血管を立体的に拡大し、把握することができます。また細いロボットアームは体の深部まで楽に届きますし、コンピュータ制御で7方向360度操作可能。手ブレ防止機能もあり、人間の手指はここまで自由自在に動きません。極めて繊細な手術で実力を発揮します。もちろん開腹手術や腹腔鏡下手術の分野にも〝神の手〞を持つスペシャリストはいます。でもダビンチを活用すればもっと多くの医師が比較的短期間で高いスキルを身に付けることが可能になり、たくさんの患者さまにより安全・確実な手術を提供できるのです。
ー テクノロジーの進化が、医療の裾野を広げてくれるのですね。
松尾 医療の未来も確実に切り拓きます。たとえば近年、薬剤や光の作用でがん細胞を光らせる「蛍光イメージング」が進んできました。実際に光っているがん細胞の広がりを見ながら手術を行ったり、術前のCT撮影で得た3D画像をロボット手術のモニター画像に融合しナビゲーション手術をしたりすることは技術的に十分可能でしょう。さらに将来には何らかの形でAIの技術も融合させることすら可能になるでしょう。このようにロボットが介在することで様々なテクノロジーとの融合の可能性が広がっていくことが期待できます。また地域・国境をまたぐダビンチの遠隔手術が本格化すれば医療体制の格差を縮めることができる。現在ITの雄であるグーグルと、米国の大手医療メーカージョンソン・エンド・ジョンソンの共同開発に大きな期待が寄せられています。おそらく5年、10年後にはダビンチががん手術のスタンダードになる。当院も着実に実績を重ね、将来の良き使い手としてのスペシャリストを育成していきます。

 

直腸がんのダビンチ手術

ー 具体的には?

松尾 2020年11月から副院長・外科統括部長の都島由紀雄医師が 肺がん(*)と 縦隔腫瘍(*)を手がけ、症例数は一躍千葉県内トップレベルに躍り出ました。私が監督する消化器外科では直腸がん(*)に力を入れています。2021年のGW以降はさらに幅広く専門医を招聘し、 胃がん(*)、 泌尿器系のがん(*)、膵臓がん(*)、肝臓がん、結腸がん、鼠蹊ヘルニアに至るまで、適応を広げていく計画です(*は健康保険適用)。
ー ご専門の直腸がんのダビンチ手術について教えてください。
松尾 大腸は結腸(約1・5m)と肛門に近い直腸(約0・5m)に分けられます。結腸がんと直腸がんの患者数は全国的にほぼ同数なので、相対的に短い直腸の方ががん発症リスクの高い臓器といえるでしょう。しかも骨盤の奥の狭い部位にある上、排便、排尿、性機能を司る大事な自律神経組織(骨盤神経叢)に取り囲まれています。これらを傷つければ、患者さまの術後の生活の質を大きく損ねかねません。基本の手術は、腫瘍のある直腸の一部と、転移の可能性のあるリンパ節を切除し、残った直腸同士を吻ふんごう合する「低位前方切除術」。リンパ節周辺は血管や自律神経も入り組んでいますし、根治性追求と機能温存を両立するために高度なテクニックを要求されます。

ー つまり、繊細なダビンチ手術が期待されるわけですね。

松尾 また、直腸がんの手術では、腫瘍の位置によって、肛門まで切除し人工肛門を作るか、肛門を温存できるか、選択を迫られる場合があります。もちろん根治性追求による生命予後を最優先に検討しますが、近年は自然肛門を温存できる「括約筋間直腸切除術(ISR)」を採用する医療機関が増えてきました。排便時の肛門の開閉に関わる筋肉を肛門括約筋といいますが、これには自分の意思で動かせる「外肛門括約筋」と、自分の意思と関係なく動く「内肛門括約筋」の2種類があります。ISRは内肛門括約筋のみを切除し、排便機能の温存を目指す手術です。ただし難易度は高く、腫瘍は取り切れても、10〜20%の方に便失禁が表れるのは今後の課題といえるでしょう。しかしながらこういった点でもダビンチ手術の導入による成績向上は大きく期待できるところです。
ー お腹には小さな孔を開けるだけなのですね。
松尾 主に操作を行うポートは4ヵ所の8ミリの孔から挿入します。4本のアームのうち、カメラはおへそを切開した孔から、手術器具はおへその左上腹部の1ヵ所と右下腹部の2ヵ所から、ほかに右上腹部に助手用に5ミリの操作ポート、恥骨上部に10ミリの炭酸ガス注入ポートを設けるのがスタンダードです。ダビンチ手術は、原則としてロボット手術の資格を取得したものしか実施できません。ロボット資格の取得には日本内視鏡外科学会の技術認定医の資格が必須となっています。技術認定資格取得には手術件数や論文などの学会発表に加え手技のビデオ審査があり、合格率は約20〜30%と非常に狭き門です。当院ではこの7年間に4名の合格者を輩出しており、患者さまの信頼に十分お応えできるレベルです。

院内の連携でがんの個別化医療を

ー 大腸がんの手術には、内視鏡治療もあるとうかがいますが?
松尾 早期がんのうち腸の粘膜にとどまるTisと、粘膜下層に至るT1のうち深さが1ミリ未満のがんは、まずリンパ節転移の可能性がないので内視鏡治療の対象となります。粘膜下層に生理食塩水などを注入し、病変部とその周辺を内視鏡の先端についた電気メスではぎ取る「内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)」が主流。当院では消化器・肝臓内科の担当です。ダビンチ手術が適応となるのは、粘膜下層浸潤の深さが1ミリ以上のT1と、進行がんのうち固有層に留まるT2、漿しょうまく膜下層または外膜までにとどまるT3です。他臓器に達するT4bは、開腹手術となります。
ー 緊密に連携しているのですね。
松尾 がん治療は医療機関の総合力が問われます。化学療法分野は、がん薬物療法専門医である副院長の遠藤慎治医師が大黒柱。「術前化学療法」によって腫瘍の縮小を図れば、手術の成功率が上がりますし、一旦はあきらめた肛門の温存が可能になることもあります。術後も必要に応じて、残っているかもしれない微細ながん細胞を叩く「術後補助化学療法」で再発や転移リスクを軽減します。
ー 心強いですね。
松尾 がん医療の主役は患者さま。がんのステージに応じて、患者さまが納得して受けられる医療の選択肢を用意することが当院の役目です。2019年4月には緩和ケアの野田大地部長(外科)と矢島章雄医長(心のケア科)を中心とする緩和ケアチームを立ち上げ、疼痛コントロールやがんに伴う身体症状だけでなく、心の問題を扱う精神腫瘍学にも通暁した緩和ケアのスペシャリストたちによる活動を展開しており、院内の各部署と連携して闘病を支えています。一方、私の新しいプロジェクトは「がんゲノム医療」。遺伝医学の世界的権威で、ノーベル賞候補の呼び声も高い中村祐輔博士とのコラボレーションで実現しました。
ー ゲノム医療とは?
松尾 がんの発症には、異常のあるさまざまな「がん遺伝子」が関わっています。ゲノムとは人間の持つ全遺伝子情報のこと。当院では手始めに、血液中に流出した各種のがん遺伝子を定量的に測定する「リキッドバイオプシー」をがん検診のオプションとしてスタートさせました。早期発見の水先案内となります。臨床現場では「遺伝子パネル検査」が試動。特殊な検査装置(次世代シークエンサー)を用い、血液やがんの疑いのある組織の遺伝子を網羅的に調べるものです。遺伝子のタイプによって、効き目のある治療薬が異なりますから、化学療法の指標となります。また術後の検査で、当該のがん遺伝子が消失していれば、転移・再発の可能性は極めて低い。術後化学療法は不要と判断できるでしょう。患者さま一人ひとりに合わせたがんの「個別化医療」の実現が、当院の目標なのです。
ー 将来が楽しみですね。本日はありがとうございました。

新松戸中央総合病院