メディカル・ズームイン

「骨盤臓器脱」の腹腔鏡手術&経腟手術

シニア女性を悩ませる「骨盤臓器脱」と「腹圧性尿失禁」。手術で治せることをご存知ですか? 
婦人科や泌尿器科の領域ですが、得意とする専門医は実は少数派。腹腔鏡による手術と腟からの手術の両方に対応できる施設は少ないのです。
もし恥ずかしくて我慢していたり、現在の治療に疑問があるなら、行徳総合病院をお訪ねください。婦人科内視鏡室長の坂本愛子医師が、お一人おひとりの立場に立って、最善の医療を提供します。

行徳総合病院 婦人科 内視鏡室長 坂本 愛子 医師

  • 日本産科婦人科学会産科婦人科専門医・指導医
  • 日本産科婦人科内視鏡学会技術認定医(腹腔鏡・子宮鏡)
  • 日本産科婦人科内視鏡学会技術認定制度 技術審査委員(腹腔鏡)
  • 日本産科婦人科内視鏡学会評議員
  • 医学博士
  • 日本家族計画協会思春期保健相談士
  • 日本思春期学会性教育認定講師

腟から子宮や膀胱がはみ出る

ー 行徳総合病院の婦人科では「骨盤臓器脱」の治療に力を入れています。手術もどんどん進歩して、完治する可能性が高いとうかがいました。まず骨盤臓器脱とはどんな病気なのでしょう?

坂本  女性の骨盤の内側に収まっている臓器のうち、子宮、膀胱、直腸のいずれかが垂れ下がり、腟口から飛び出てしまう疾患です。
本来、腟の一番奥(天井部分)に子宮があり、腟の前後壁(横壁部分)に膀胱や直腸があります。膀胱や直腸が飛び出すというのは、正確にいうと、膀胱を含んだ腟壁や直腸を含んだ腟壁がふくらんでお股から出てしまう状態です。
 お股の間に、何か挟まっているような違和感がある、お風呂に入ってお股を洗うとピンポン玉のようなモノに触れるなどで気がつきます。立ち仕事を続けたあとや、重いものを持ったあとは、特に症状が強くなるでしょう。
 下がった臓器による圧迫で、オシッコが出にくい、頻尿になる、大便がスムーズに出ないなど排尿・排便障害を訴える方も少なくありません。

ー 原因は何でしょうか?

坂本 骨盤内の臓器は、下腹部にある、筋肉や靭じ んたい帯が集まったハンモックのような組織=「骨盤底筋群」によって、下から支えられています。これが加齢や出産時に受けた損傷などが重なり、緩んでしまうと、臓器の荷重に耐えられなくなり、外部への通路=腟口へと下垂してしまうのです。 
 患者さまは概ね50代後半以降、70〜80代のシニアがメインです。アメリカの調査では、80歳までに女性の9人に1人が骨盤臓器脱または尿失禁の治療が必要になり、60歳以上の13人に1人(7・5%)が手術を受けているとされます。

ー 痛みはないのですか?

坂本 お股が擦れて下着に少量の血がつくことはありますが、基本的に命にかかわるような病気ではなく、痛みもありません。
 ただ不快感や排尿トラブルで外出や旅行に行きにくい、見た目が恥ずかしい、性交渉に差し支えるなどで「生活の質」が大きく損なわれてしまいます。治療法はさまざまあるのですから、一人で悩まずに受診してください。医療機関によって、女性泌尿器科に特化した科があるところもありますし、婦人科または泌尿器科が担当しているところもあります。

ー 骨盤臓器脱には、いくつか種類があるのですね。

坂本 下垂する臓器によって、子宮脱、膀胱瘤、直腸瘤、子宮がない場合の腟断端脱に分類できます。しかし重症になるとこのような分類ができない程、すべてが脱する状態になります。

ー 日常生活で対処できることはありますか?

坂本 骨盤臓器脱は、腰痛でコルセットをつけるようになる、家族の介護をするようになった、慢性的な便秘がある、肥満、…など腹圧が慢性的にかかることが誘因になります。環境因子も大きいので、腟に下から圧をかけるサポート下着を利用するのも予防に効果的です。
 サポート下着の中にはショーツのお股部分に小ぶりの卵ほどのクッションが装着されたものもあり、より強く腟内におしこむことができます。
 衰えた骨盤底筋群を鍛える「骨盤底筋体操」は一定の効果は期待でき、当院のホームページでも紹介しています。しかし継続することが難しく、高齢で筋力の弱い方には不向きかもしれません。


イラストのように腟から子宮口に向けて挿入し、腟壁や子宮の下垂を抑える。尿道側にあてがうノブ付きタイプのペッサリー(左)もある。骨盤臓器脱に腹圧性尿失禁を併発している患者さま向け


腟口からはみ出す臓器によって、症状が異なる

ー 器具などを使う方法は?

坂本 いろいろな形のペッサリーがあります。通常はドーナツ型が多く、リング状に腟壁をつっぱらせて下垂しないようにするものです。大小のサイズは診察して選びます。
 他にも尿道付近を強めに圧迫するノブ付きタイプがあり、尿もれを併発している方に有効です。

ー 病院で処方されるのですね。

坂本 はい。ペッサリーは腟に挿入したまま、2〜3ヵ月おきに洗浄通院という医療機関が多いのですが、当院は自分で夜間は外すように着脱法を指導します。〝入れっぱなし〞だとオリモノが増えたり、腟壁が傷ついて出血したりするからです。
 ただしサポート下着もペッサリーも根治療法ではなく、対応に限界があるため手術の検討が必要になります。

手術で根治を目指す

ー どのような手術ですか?

坂本  「腹腔鏡手術」と「経けいち腟つ 手術」に大別できます。お腹に小さな穴を複数開けて、手術器具とカメラを挿入して行「腹腔鏡手術」の症例が増えています。それには❶❷の2種類があります。1腹腔鏡下仙骨腟固定術=LSC原則として子宮頸部(腟に近い部分)を残し、子宮体部をおへそから摘出。腟と膀胱の間にメッシュを挿入・固定し(前方メッシュ)、腟と直腸の間にもメッシュを挿入・固定して(後方メッシュ)、その2枚のメッシュを子宮頸部にしっかり固定して仙骨(脊椎の靱帯)に縫い付けて腟が下がらないようにする。すべての骨盤臓器脱に高い効果があり、再発率も低く性交渉も可能。70歳以下の年齢層には、特に推奨される。一定の条件を満たした医療機関のみが、保険診療として実施できる。2腹腔鏡下腟断端挙上術=USLS子宮を全摘し、残した腟の断端を、子宮周囲の靭帯(仙骨子宮靭帯)に糸で縫い付けて吊り上げる。メッシュという異物を使用しないメリットがある反面、重症例には不向き。2022年4月より保険収載。


前後のメッシュが、臓器を正しい位置へと引き上げる。後方メッシュは省略することもある


挿入されたメッシュが骨盤底筋群を補い、膀胱と子宮を持ち上げる。メッシュは日本で開発されたテフロン製のORIHIME

ー 経腟手術は、どのように行われるのですか?

坂本 こちらは主に❸❹❺の3種類があります。3経腟メッシュ手術=TVM子宮を摘出しない。腟壁を小さく切開し、腟と膀胱の間にメッシュを固定。おしりの両サイドに小さく穴をあけ、専用の針を骨盤の靱帯(仙せんきょく棘靭帯)に通し、メッシュの端をキャッチしてひき出す。それにより、メッシュがハンモック状に牽引され、膀胱側の腟壁が奥にひきこまれる。主に膀胱瘤に有効。4腟式子宮全摘術+腟壁形成術腟から子宮を摘出し、残した腟の断端の一部を子宮周囲の靱帯(仙骨子宮靱帯)に縫い付けて固定する。その際、下垂している腟壁も縫い縮めて形成するが、膀胱瘤や直腸瘤には効果が弱い。5腟式子宮全摘術+全腟閉鎖術腟から子宮を摘出し、下垂している腟を全周性に縫合して閉鎖する。すべての骨盤臓器脱に有効。高齢で長時間の手術が難しい場合などは、子宮をとらずに腟閉鎖のみを行うこともある。術後の性交渉が不可能となる。

ー いろいろな手術方法があるのですね。

坂本 患者さまの病態や年齢、希望、ライフスタイルなどに応じて選択します。糖尿病やステロイド薬を服用している方は、メッシュを使用する方法(❶と❸)は感染リスクを考慮し、避けています。

尿失禁に悩んだら

ー シニア女性は、尿もれに悩む方も多いですね。

坂本 骨盤底筋群に加え、尿道括約筋も衰えますから、中高年以降はクシャミをしたり、重いものを持った弾みにもれてしまう「腹圧性尿失禁」が目立ってきます。
 女性の3割以上が経験しているといわれる程一般的ですが、尿もれパッドで対処している方も多く、積極的に受診してくれません。不自由を我慢していると思うのですが…。

ー これも手術で治療できるのですね?

坂本 経腟手術で「TVT」と「TOT」の2タイプがあります。共に尿道近くの腟を1.5㎝ほど切開してメッシュのテープを挿入、尿道の下を通し、尿道の角度を上向きに調整することで、尿をもれにくくするのです。TVTは下腹部の左右に小さく開けた穴からテープを引き出す方法で、TOTは、陰部に開けた穴からテープを引き出す方法です。TVTとTOTはテープの経路と角度が若干異なり、尿失禁レベルや、骨盤内に影響する既往歴の有無などから選択します。


腟壁からテープを挿入し、尿道を下から支えて尿をもれにくくする手術。TVTとTOTの2種類があり、テープを通す位置と角度が異なる

ー 骨盤臓器脱と尿もれを併発した方は、両方の手術を?

坂本  骨盤臓器脱の手術後に、尿の出方が変わるケースがあるので、数ヵ月様子をみて、もし必要ならば尿失禁手術を追加します。まずは尿が出にくくなる骨盤臓器脱の治療をしてから、尿もれ手術を追加するべきか判断します。

ー 女性の下半身はとてもデリケートなのですね。

坂本  急に尿意を感じてからトイレが間にあわなくなる「切迫性尿失禁」という尿もれもあります。ストレスも関わっていますが、抗コリン薬やβ3アドレナリン受容体刺激薬などの薬物療法が効果的です。
 私たち婦人科医は、小児期、思春期から生殖期、更年期、老年期まで女性のライフステージを切れ目なく支援するのが役目です。どんな心配ごとでも遠慮なく相談にいらしてくださいね。

ー ありがとうございました。

行徳総合病院