ライフスタイルの欧米化で、増加傾向にある乳がん。早期であれば十分に根治が見込めます。近年は乳がん検診の選択肢が増え、板橋中央総合病院では高精度な3Dマンモグラフィ「トモシンセシス」と無痛MRI「ドゥイブス・サーチ」を導入し乳がんの早期発見の実績を上げています。乳腺外科医長の上野貴史医師に検診と治療の最新情報をうかがいました。
医師紹介

板橋中央総合病院
乳腺外科 医長
上野 貴史 医師
- 日本外科学会認定医・外科専門医
乳がん検診の新たな選択肢「無痛MRI」
ー「乳がん」は、女性のがんの中でもっとも罹患率が高いとうかがいます。命と暮らしを守る初めの一歩は、定期的に乳がん検診を受けることでしょうか
上野 日本では年間10万人弱が乳がんと診断され、生涯のうちに罹患する女性はなんと9人に1人。しかし国の調査では、乳がん検診の受診率は47・7%と半数に届きません。当院では2020年9月より「痛くない・見られない」がキャッチフレーズの無痛MRI乳がん検診「ドゥイブス・サーチ」を導入したり、働く女性のために「日曜乳がん検診」を設けたりと検診のアクセシビリティを高め、重要性の広報に努めています。
ーどのようなタイミングで検診を受ければよいのでしょう。
上野 厚生労働省の指針によれば、対象は40歳以上の女性。2年に1度、問診とマンモグラフィ(乳房X線検査)を受けることができ、費用の多くは市区町村の負担です。乳がんは30歳後半40歳後半に罹患率が急激に増え、ピークは6575歳。他のがんより若年から発症する傾向があり、油断はできません。
ー 乳がん検診には、いくつか方法があるとお聞きします。それぞれの特徴を教えてください。
上野 当院では4つの選択肢があります。①は前出のマンモグラフィ。板で乳房を挟んで薄く均等にし、縦横2方向からX線撮影を行います。欧米のランダム化比較試験で唯一死亡率低下のエビデンスを有する検診です。
利点は〝しこり〞になる前のごく早期のがんを石灰化として描出できること。反面、がんのしこりも乳腺も白っぽく映るため、乳腺密度の高いデンスブレストの女性では、がんの病変が見つかりにくいことがあります。
その弱点を改善したのが②の3Dマンモグラフィ「トモシンセシス」です。X線管球を回転させながら連続で撮影し、たくさんの断面画像を作成。乳房の深部まで観察することで、精度を高めます。
③は超音波検査。しこりの描出に優れ、デンスブレストの方にも有効。悪性腫瘍と良性腫瘍の区別も比較的識別しやすく、X線被曝がないことや、検査時に痛みがない点も利点です。ただ石灰化を映し出すのは苦手です。
ー④が無痛MRI乳がん検診「ドゥイブス・サーチ」ですね。
上野 MRIの寝台に乳房を納める保定具を置き、受診者さまはうつ伏せの姿勢で撮影する検診です。痛みもなくTシャツ着用で検査可能。診療放射線技師が直接乳房に触れることはありません。X線被曝もありません。
がん発見率は千人あたり15人と、①の3倍。石灰化も把握しやすく、乳腺症など良性腫瘍の識別が良好です。乳房を圧迫しないので、豊胸手術や乳房再建を受けた方でも安心して検査ができます。
ー優れものですね!
上野 はい。比較的新しい検診法なので、乳がん死亡率低減などのエビデンスは今後の研究を待ちたいところです。
ただ導入している医療施設は限られており、その場合は①あるいは②に③を組み合わせ、双方の弱点を補う検診を私個人は推奨します。超音波検査単独の検診の有効性は、まだ十分なエビデンスが揃っていません。
ー乳がんになりやすい女性はいるのでしょうか?
上野 注意したいのは閉経後の肥満です。乳がん発症には女性ホルモンのエストロゲンが深く関わっています。閉経後は卵巣からのホルモン分泌は停止しますが、代わりに脂肪組織の酵素アロマターゼがエストロゲンを産生。ふくよかで、がん好発年齢に当たる女性はハイリスク群といえるでしょう。
また更年期障害の治療に女性ホルモン補充療法を受けている方も発症リスクが高まるとの報告があります。担当の医師に適宜乳がん検診を指示されると思いますので、必ず従ってください。
経口避妊薬や子宮内膜症治療に使用するLEP(低用量エストロゲン・プロゲスチン配合剤)にもエストロゲンが配合されていますが、量的に問題にならないレベルです。
ー遺伝性の乳がんもあるとお聞きしますが?
上野 BRCA1とBRCA2という遺伝子のいずれかに病的変異があると、4090%の方が乳がんを、1060%の方が卵巣がんを発症するとされます。乳がんの女性を対象とした研究では、約4%にこれらの遺伝子変異があると報告されました。 母親、姉妹など血縁者に乳がん、卵巣がん罹患者が多くいる場合には、遺伝子変異を有する可能性もあります。一定の条件にあてはまれば、乳がん発症後にBRCA1/2変異を調べる検査に健康保険が適用されます。
どんどん進化する乳がんの個別化医療
ーもし乳がんが見つかったら、どのような治療を受けるのでしょう。
上野 乳がんにはさまざまなタイプがあり、正確に把握することで治療計画を立てていきます。各種画像検査で腫瘍の位置や個数、大きさ、広がり、転移の有無を調べて病期を把握。次に腫瘍組織を採取し、がんの性質を分類。主に❶乳腺内に留まる非浸潤がんか、周囲に広がる浸潤がんか、組織型を分類。❷がんの「顔つき」から病理学的グレード(悪性度)を分類。❸遺伝子検査(簡便なタンパク質検査で代替)によるサブタイプ分類の3つがあります。 特にサブタイプ分類は、薬物療法を選択する上で欠かせません。
ー具体的に教えてください。
上野 3つの指標で検査を行います。①ホルモン受容体検査:がんが女性ホルモンを取り込み増殖するタイプかどうか。②HER2検査:増殖を促すタンパク質HER2を過剰に作るがん細胞が多いか少ないか。③Ki67検査:がん細胞が増殖期であることを示すタンパク質Ki67の発現割合。
それぞれの陽性・陰性の組み合わせで別表のように5つのサブタイプがあります。
ーがん治療には手術、放射線療法、薬物療法がありますが、分類によって大きく異なるのでしょうか?
上野 いずれも治療の基本は手術によってがんを取り切ることです。
病期0、Ⅰ、Ⅱ期の早期で腫瘍が単体かつ5㎝以下であれば腫瘍だけを切除し乳房を温存する乳房部分切除術を選択することが可能な場合が多いです。局所再発を防ぐため術後放射線療法とセットで行います。
腫瘍が大きい、多発しているなどの症例では乳房切除術(全摘)となるでしょう。術中に腫瘍に近いセンチネルリンパ節を評価し、転移の疑いがあればリンパ節郭かくせい清を実施します。
ー全摘後は薬物療法を?
上野 個別の症例によって異なり、サブタイプなどに応じて様々な薬剤を組み合わせます。手術前の薬物療法で腫瘍を小さくできれば、部分切除術が可能になるケースも少なくありません。
ー薬物療法は、どんどん進化しているそうですね。
上野 がんの薬物療法の目的の一つは術後、体内に残存している可能性のあるがん細胞を叩き、再発や転移を防ぐこと。もう一つは、再発・転移したがんの進行を抑え延命を図ること。治療効果に関わる膨大なデータとエビデンスに基づくガイドラインをベースに、患者さまのための個別化医療を展開します。がん遺伝子の解析により適切な薬剤選択が進んでいることも心強いです。たとえば別表のルミナルB型(HER2陰性)では、ホルモン療法に化学療法を加えるのが良いかどうかを判定する「オンコタイプDX」という検査が保険適用になりました。
骨転移、脳転移では放射線療法も重要となります。当院には放射線治療科があり、がん医療をトータルで提供できます。
ー治療法がたくさんあり、患者さまは迷いそうですね。
上野 がん医療の現場ではSDM(シェアード・ディシジョン・メイキング)という考え方が広まっています。日本語では共同意思決定と訳され、ライフスタイル、年齢、家族構成、価値観など異なる背景を持つ患者さまに医療従事者は説明を尽くし、共に納得のいく医療を選び取っていくプロセスを大切にしています。 手術や放射線療法のメリット・デメリット、薬剤の延命効果と副作用、生活の質を守り仕事や家庭と両立可能な治療スケジュール、メンタルヘルスと緩和ケア、人工乳房や乳房再建に関する最新情報について説明しています。 乳がんは、がんの中でも生命予後の良好な疾患です。患者さまファーストで全力支援しますので、ぜひご相談ください。
ーありがとうございました。
無痛MRI乳がん検診「ドゥイブス・サーチ」
MRI(磁気共鳴画像)装置の寝台上に乳房を納める保定具をセットした状態。受診者さまはうつ伏せの姿勢で撮影を行う
3Dマンモグラフィ「トモシンセシス」
X線管球アームを回転させながら乳房の断層撮影を行う
マンモグラフィとトモシンセシスの画像比較
スタンダードなマンモグラフィの画像。乳腺組織と病変部が重なりわかりにくい
トモシンセシスの画像。細かくスライスした断層撮影なので、病変部を発見しやすい
板橋中央総合病院

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