メディカル・ズームイン

MCI(軽度認知障害)トレーニング スタジオ「ASMO」開設

東京都から認知症疾患医療センターの指定を受けている鶴川サナトリウム病院は、2022年4月、MCI(軽度認知障害)の方を対象としたトレーニングスタジオ「ASMO(あすも)」を開設しました。認知症の“一歩手前”から、運動、生活習慣の改善プログラムを提供し、認知症への移行を予防する新しい試みについて、認知症疾患医療センター長で、精神科部長の小松弘幸医師に聞きました。

鶴川サナトリウム病院 認知症疾患医療センター長、精神科部長 小松 弘幸 医師

  • 日本精神神経学会精神科専門医
  • 精神保健指定医
  • 認知症サポート医

認知症の一歩手前に MCIがある

ー この4月から「MCI(軽度認知障害)」と診断された方を対象とした、トレーニングスタジオ「ASMO(あすも)」がスタートしました。MCIとは、どのような状態をいうのでしょうか?

小松  健常とも認知症ともいえない〝グレーゾーン〞を示す用語です。まだ食事や着替え、トイレ、近所の散歩などといった基本的な日常生活に必要なADL(日常生活動作)に差し障ることはありません。
 その一方で、記憶力の衰えが気になり始め、買い物でおつりの計算がちゃんとできない、交通機関の乗換えで困惑するなど、小さなミスが目立ってきます。
 MCIの方は、健常者に比べ将来認知症になるリスクが高いとされるので、MCI段階での早期発見・早期対応が望ましいのです。

ー ご本人も周りも、MCIに気づかないケースが多いのではありませんか?

小松 はい。「歳のせい」と思われるケースが大半で、専門外来を受診するのが遅れる傾向にあります。潜在患者も多く、厚生労働省の発表では2025年に、認知症患者数は700万人、MCIもほぼ同数の700万人と推計されています。

ー そもそも「認知症」は、特定の病名ではないのですよね?

小松 認知症の定義は「脳の病気や障害など様々な原因により認知機能が低下し、日常生活に支障が出て来る状態」をいいます。日本で最も多い認知症は「アルツハイマー型認知症(67・6%)」。ついで「血管性認知症(19・5%)」「レビー小体型認知症(4・3%)」が続き、難病指定されている「前頭側頭型認知症」もあります。
 それぞれの概略と症状を説明しましょう。
【アルツハイマー型認知症】 アミロイドβペプチドと呼ばれる異常なタンパク質などが少しずつ脳内に溜まり、脳の神経細胞が壊死・減少するアルツハイマー病を原因とする認知症。発症するまでに20年ほどかかるとされる。記憶障害から始まることが多く、見当識障害、理解・判断力の低下などが表れる。
【血管性認知症】 脳梗塞や脳出血、急性もしくは慢性の脳虚血を原因とする認知症。脳に十分な酸素や栄養が届かないため、できることと、できないことが混在する。症状は記憶障害、理解・判断力低下、感情コントロールの不全など。〝まだら認知症〞もみられる。
【レビー小体型認知症】 レビー小体と呼ばれる異常な構造物が脳の神経細胞に溜まって起こる認知症。認知機能や注意力が日によって変動しやすい。初期は迷子になる、アナログ時計が読めない、寝起きにボーッとしがちなど。症状が進行すると幻視・幻覚が表れることが多い。
【前頭側頭型認知症】 ヒトの思考や言語などを司る脳の部位が変性、萎縮して発症する。初期の症状は仕事のミスが増える、他人の気持ちに配慮・共感ができないなど。やがて人格が変わり、反社会的行動をとることも。失語が進む場合もある。

ー 正常範囲内かMCIか認知症かを知るには、専門の医療機関を早めに受診することが大切ですね。こちらではどんな診療を行っているのですか?

小松 問診と血液検査、頭部CTやMRIといった画像検査を行い、加えて心理検査(長谷川式認知症スケール、ミニメンタルステート検査など)によるスクリーニングを丁寧に行います。
 また、甲状腺機能低下症やビタミンB1・B12欠乏症、外傷による硬膜外血腫など認知機能の低下をきたす可能性がある疾患の鑑別を行います。
 MCIと診断された方に対しては、認知症への移行防止、遅延させるためにASMOをご案内しています。生活習慣の改善、とりわけ運動習慣が効果的であることが分かっているものの、習慣化するのは簡単ではありません。しかも、MCIだけでは介護認定も下りないため、利用できるサービスがあまりないのが現状です。ASMOはこうした方々に向けた新しい選択肢になっていくと思います。

認知機能 向上トレーニングで 心身を活性化


独特の呼吸とポーズが心身に作用するチェアヨガ。椅子に座って行うので、足腰の弱い人でもOK


ステップを踏みながら、頭の中ではしりとりや暗算を試みるコグニサイズ


箱型の打楽器「カホン」でリズムトレーニング


脳と筋肉の感覚神経のつながりを強化する本山式筋力トレーニング


認知機能を分析できるタブレットタイプのテスト「NCGG-FAT」


「短時間」かつ「安全」に運動効率の良い歩行ができるポールウォーキング


ASMOを支える作業療法士

ー ASMOのトレーニングによって、MCIを改善することができるのでしょうか?

小松  認知症は世界各国で喫緊の課題です。たとえばNICE(英国国立医療技術評価機構)では2015年、①禁煙、②活動(身体的・知的・社会的活動)、③アルコール摂取の減少、④食事バランスの改善、⑤必要に応じた体重調整は、中年期以降の認知症予防に有効というガイドラインを発表しました。
 日本の国立長寿医療研究センターでも、認知症予防とMCI改善が見込めるプログラム(コグニサイズ)を開発しています。ASMOでは、それらのプログラムの資格を取得した作業療法士がトレーニングを担当しています。現在は週1回、3時間の身体活動、知的活動、教育活動を組み合わせて行い、トレーニング期間は半年から1年を目安に実施します。なお、ASMOは医療保険の対象になります。

ー 受診のタイミングが遅く、既に認知症を発症した場合でも、進行の抑制は可能でしょうか?

小松 変性あるいは壊死した脳の神経細胞は、元に戻すことはできません。しかし、認知症の症状である「中核症状」=記憶障害・失語・見当識障害・理解力及び判断力の低下・遂行機能障害に関しては目に見える回復は難しいものの、身体活動や人との交流を促すことで、「行動・心理症状(BPSD)※」=不安・抑うつ・イライラ・無気力・睡眠障害・徘徊・妄想等は私の臨床経験からみても発症の予防や改善ができると考えます。(行動・心理症状(BPSD)と中核症状の図参照)
 BPSDのコントロールにより、現在の生活機能を維持できれば、新たなBPSD発現リスクも軽減され、家族の負担軽減につながるでしょう。

ー ASMOのプログラムを具体的に教えてください。

小松 作業療法士が中心となってプログラムを提供しています。
【コグニサイズ】 国立研究開発法人国立長寿医療研究センターが開発した運動と認知トレーニング。床に描いたマス目を利用し、さまざまなステップを踏みながら、腕を振る、手拍子を取る、しりとりをする、100から7ずつ引き算をするなど、マルチタスクに取り組む。
【チェアヨガ】 椅子に腰かけた状態で、ヨガのポーズを行う。深い呼吸や、身体を無理なく伸ばすことで、ストレス発散や、前頭前野の働きを促す。
【本山式筋力トレーニング】 運動習慣があるにもかかわらず、認知症を発症する方の中には、筋肉への刺激が脳にうまく伝わっていない可能性がある。筋肉の動きに全神経を集中し、脳と筋肉の間にある感覚神経のつながりを強化し、認知機能の改善を図る。
【カホンエクササイズ】 箱型の打楽器(カホン)に腰かけ、音楽に合わせてカホンをリズミカルに叩く。曲やリズムを覚えることで記憶力の改善とストレス発散効果が見込まれる。
【ポールウォーキング】 2本のポールを持って歩く、全身を使った有酸素運動。自然と背筋が伸び、理想的な歩行姿勢が身に付く。運動効率が上がることで、転倒予防、身体バランスの改善につながる。
【NCGG‒FAT】タブレットで各種記憶力、情報処理力、注意力、身体能力などを評価できるツール。

ー トレーニングはハードですか?

小松 参加者の要望や状態に合わせてプログラムを選択し、休憩をはさみながら実施するので、安心して参加いただけます。 トレーニングの後は、作業療法士やその他の専門職による生活習慣に関するアドバイスや個別相談、次回の目標設定を行います。参加者同士が交流する時間では、診断に対する想いや、暮らしの中の課題などを共有しています。他者交流を持つことも脳の活性化につながるので、大切な時間です。

ー トレーニング期間が終了したあとはどうなりますか?

小松 個別に目標を設定する中で、本人の望む生活が継続できると評価した時点(半年から1年)で卒業となります。認知症への移行、及び遅延させるためのライフスタイルを共に考え、地域資源の紹介や、自宅で取り組めるトレーニングなどを提案します。卒業後も希望があれば定期的にアセスメントを行い、継続して相談できる体制を整えています。
 ASMOの目的は、MCIと診断を受けても立ち止まることなく、目標を持っていただくこと。MCIの段階は、認知症への進行予防がとても重要な時期です。MCIだからと悲観的になるのではなく、医師や専門職と共に、できることから前向きに対策に取り組むことが大切です。
 日々の積み重ねが「明日もあなたらしい」未来を創ることにつながります。

ー ありがとうございました。

鶴川サナトリウム病院