メディカル・ズームイン

効果と副作用、双方にメリット
「アクアブレーション治療」

板橋中央総合病院泌尿器科では、前立腺肥大症の最新治療「アクアブレーション治療」が
2023年7月からスタートしました。
現在、日本では5施設のみで受けることができ、先陣を切っての導入です。
ジェット水流を利用した低侵襲手術は、近い将来、治療のメインストリームになると期待を集めているとか。
詳細を治療の最前線に立つ小池慎医師にうかがいました。

板橋中央総合病院 泌尿器科 小池慎 医師

  • 日本泌尿器科学会専門医
  • 日本ロボット外科学会専門医
    国内A(Robo-Doc Pilot認定)、
  • 日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会
    泌尿器ロボット支援手術プロクター認定医

高齢男性を悩ませる 「前立腺肥大症」

ー 板橋中央総合病院では、前立腺肥大症のための最新治療「アクアブレーション治療」が受けられるようになったとうかがいます。

小池  はい。肥大した前立腺を、コンピュータ制御されたジェット水流によって切除する低侵襲手術です。従来のように電気メスやレーザーを使いませんので、熱による周辺組織へのダメージが軽減されます。また、切除時間が5〜10分と短時間であるため出血量も軽減されるなど、ほかにもさまざまな利点があります。

ー なるほど。ではまず前立腺肥大症とはどんな病気なのか、基本から教えてください。

小池 前立腺は男性特有の臓器で、膀胱の出口に位置し、尿道の一部を取り囲むように存在しています。大きさは栗の実(約20mL)ほど。精液の一部となる前立腺液を分泌し、生殖に関与する器官です。
前立腺は中心に近い「内腺」と、 辺縁部の「外腺」に大きく分けられますが、前立腺肥大症では主に内腺が腫大し、中には鶏卵やアボカドほどに膨らむ例があります。

ー 何が原因なのでしょう?

小池 ホルモンがコントロールする細胞増殖のバランスが影響していると指摘されています。前立腺肥大症に伴う排尿障害がみられる方は50代では約4人に1人となり、加齢とともに増加します※1。
この背景には加齢に伴う性ホルモンバランスの変化が関連していると考えられます。
 また前立腺肥大症とメタボリック症候群との関連は多く報告されており、近年罹患率が増えている背景に、食生活の欧米化が関連している可能性があります。
カロリー過多や脂質の多い食事をよく食べる方、医師に肥満、高血圧、脂質異常症、高血糖などと診断された方はハイリスクといえそうです。

ー どんな症状が現れますか?

小池 尿道が圧迫されることで、尿が出にくい、勢いが弱く排尿に時間がかかるといった症状が現れます。ひどい場合にはまったく尿が出なくなり、病院に駆け込んで来られる方もいらっしゃいます。排尿障害が続くと膀胱に常に尿が溜まってしまうようになり、膀胱炎などの尿路感染症や膀胱結石の原因にもなり得ます。さらに病状が進むと、膀胱の収縮力に異常をきたしたり、上流の腎臓が悪影響を受けたりするケースもあります。
 また、肥大した前立腺が膀胱を刺激することで頻尿、尿意切迫感、残尿感などがみられ、生活の質を著しく低下させます。

ー 厄介な病気なのでしょうか?

小池 前立腺が肥大していても自覚症状のない方もいますし、個人差の大きい良性疾患です。ただ徐々に進行しますので、不快感があり、日常生活にストレスを感じたら泌尿器科を訪ねてください。
 泌尿器科では体に負担の少ない検査から順次行います。具体的には、排尿状況をみるための問診、検尿、腹部超音波による膀胱と前立腺の確認、排尿の勢いを確認する尿流量測定、残尿量測定などを行います。
 年齢によって前立腺がんの指標となるPSA(前立腺特異抗原:Prostatespecific antigen)の血液検査も行います。この結果によってはMRI撮影や針生検など、がんの検査をお勧めする場合があります。
 ちなみに前立腺がんの罹患率も年齢と共に上昇します。初期は自覚症状がないため、年齢によって年1回のPSA検査を定期的に受けましょう。

ー 治療について教えてください。

小池 まず内服薬による薬物療法から始めます。尿道の緊張を和らげる薬(α1受容体遮断薬)、男性ホルモンが前立腺細胞を増殖させるプロセスを邪魔する薬(5α還元酵素阻害薬)、肥大した前立腺による膀胱への刺激を和らげる薬(β3受容体刺激薬)などを、患者さまの症状に合わせ適宜処方します。早い方は1週間ほどで効果が出始め、あくまで私の印象ですが、6〜7割の方は症状が緩和されますね。
薬を調整しても改善がみられない場合や、内服以外の治療を希望される方に手術療法を検討します。

ー アクアブレーションのほか、様々な手術があると伺います。

小池 日本でもっとも一般的に行われている手術は、「経尿道的前立腺切除術(TUR–P:Transurethral resection of the prostate)」です。内視鏡で確認しながら、電気メスで前立腺の肥大した内腺を少しずつ削り取ります。
そのほか、内視鏡下でレーザーをメスのように使い、肥大した内腺をくり抜いて摘出する「ホルミウムレーザー前立腺核出術(HoLEP:Holmium laserenucleation of the prostate)」があります。高い技術力を要する術式ですが国内では広く普及しており、日本の医師は手先が器用なこともその一因かもしれません。

ー この2種類も本院で受けられるのですね。

小池 はい。術式は患者さまの背景や前立腺の大きさなどを鑑みて決定しています。実は他にも様々な術式が存在しています。いくつか挙げますと、レーザーで前立腺を蒸散させる「接触式レーザー前立腺蒸散術(CVP:Contact laser vaporization of the prostate)」、前立腺に高温の水蒸気を注入して肥大した細胞を死滅させる「経尿道的水蒸気治療(WAVE:Watervapor energy)」、前立腺に細いチタンを挿入して内腺を吊り上げる「経尿道的前立腺吊り上げ術(Urolift)」などです。
 一般的に前立腺手術の際は、脳や心臓疾患のために内服されている抗血栓薬は休薬する必要がありますが、病状からそれが不可能な方や、長時間の全身麻酔に心臓や肺が耐えられないご高齢の方には、これらの手術が選択肢となると考えます。

画期的な術式で 耳目を集める 「アクアブレーション」

ー では本命の「アクアブレーション」の解説をお願いします。

小池 2017年に海外で始まり、有効性と安全性の確立した術式です。日本では2023年6月に保険適用となりました。7月から当院を含む国内5施設において治療が開始され、すでに100例以上が実施されており(2023年11月末日時点)、今後は採用する医療機関が増えていくと予想されます。
 理論的にはこれまで手作業で削っていた前立腺を、ロボットのジェット水流で自動切除するというものです。

ー リアルタイムに画像を確認しながら手術を行うのですね。

小池 まず尿道へ内視鏡を、直腸へは超音波を挿入し、前立腺の詳細な画像をモニターに映し出します。
内視鏡は水流が噴出されるハンドピースと一体となっており、はじめに治療の基準となる軸や位置を合わせます。続いて執刀医はモニター上で前立腺の切除範囲を設定します。
 この際に温存すべき周辺組織(尿の我慢や射精に関連)を確実に温存するように設定が可能です。
また、前立腺は人によって大きさも形も様々ですが、患者さまそれぞれにカスタマイズした治療計画を設定できるため、安全性と機能温存性が格段に高まりました。
 設定が完了したらスタートボタンを押します。すると、プログラム通りに制御されたジェット水流が内腺を切除していきます。執刀医はモニターを見ながら出力の微調整を行うのみです。

ー 切除にはどのぐらい時間がかかるのですか?

小池 ジェット水流の1往復が5分で、2往復でほぼ狙い通りに内腺を削り取れますから実質10分程度ですね。最後は電気メスで出血点を止血し、終了となります。前立腺の周辺には排尿や射精に働く神経や括約筋が位置しています。
電気メスやレーザーを長時間使用するとこれらを傷つける危険性がありましたが、アクアブレーションで切除に用いるのは"水"ですから安心ですし、止血に費やす時間は従来より短いので危険性が軽減されます。

ー アッという間ですね。

小池 これまでの術式では前立腺体積が大きくなるほど、手術が難しく時間がかかってしまうという難点がありました。
アクアブレーション治療もその点は同じですが、時間の延長はわずかであり、切除の精度は担保されます。手術は全身麻酔下で行いますが、手術時間が短ければ麻酔の影響も低減できる。将来、前立腺肥大症治療の主流になるでしょう。

ー ロボット技術の勝利ですね

小池 もう1つ、執刀医の技術習熟期間も短くて済むという利点があります。ロボットの力を借りることで、より多くの医師がより多くの患者さまの役に立てるはずです。
 海外での実績報告ですが、手術後5年間で追加治療を要した割合はわずか3.2%(TUR–Pでは17.6%)、勃起障害の新規発生率0%、射精障害の発生率1.6%(TUR–Pでは23.5%)と、大変良好です※2。

ー すごいですね。入院期間はどのくらいですか?

小池 術前も含め概ね5日間で、手術当日から食事、翌日から歩行が可能です。術後に装着する尿道カテーテルは、血尿の具合を確認しながら術後2日目に抜去し、その翌日の退院が標準です。術後しばらく飲酒や激しい運動は控えていただきますが、快適な日常を取り戻していただけますよ。

ー 男性諸兄に大きな福音ですね。ありがとうございました。

板橋中央総合病院