メディカル・ズームイン

血管内留置デバイス・PICCとCVポート
がん化学療法と静脈栄養を支えるVADセンター

点滴には心臓に近い「中心静脈」に薬液を入れる「中心静脈ルート」があります。
血流量が豊富なので、抗がん剤のように刺激の強い薬がほどよく希釈され、スムーズにがん細胞に運ばれます。
そのために血管内に留置されるデバイスの代表が「PICC」と「CVポート」。
詳細をイムス札幌消化器中央総合病院VAD(血管内留置デバイス)センター長の岸宗佑医師にうかがいました。

イムス札幌消化器中央総合病院 VADセンター長・消化器内科医長 岸 宗佑 医師

  • 医学博士、臨床研修医指導医、日本内科学会 認定医・指導医
  • 日本消化器内視鏡学会 専門医
  • 日本胆道学会 指導医(内視鏡治療・経皮経肝的治療・癌薬物治療)
  • 日本膵臓学会 指導医(膵炎治療・内視鏡診断治療・癌薬物治療・緩和治療)
  • 日本大腸肛門病学会 内痔核硬化療法(ALTA)実施医
  • 日本乳癌学会 乳腺認定医、マンモグラフィー読影認定医・AS判定
  • 日本臨床細胞学会 細胞診 専門医・指導医
  • 日本病院総合診療医学会 認定医・指導医・評議員
  • JPTEC/AHA-BLS/AHA-ACLS provider
  • 日本救急医学会 ICLSインストラクター
  • 日本DMAT隊員、日本静脈学会 弾性ストッキングコンダクター
  • 日本摂食・嚥下リハビリテーション学会 認定士
  • JSPEN日本臨床栄養代謝学会 学術評議員・支部世話人
  • PDN(Patient Doctors Network)理事
  • 日本VADコンソーシアム 評議員、香川大学医学部 非常勤講師

効果の高い「中心静脈」への点滴

ー 先生は2015年に、日本では珍しい「VADセンター:血管内留置デバイス(vascular accessdevice)センター」を立ち上げられました。聞きなれない名称ですが、どんな医療を行っているのでしょうか。

岸 患者さまの病態に合わせて「点滴ルート」を造設するためのセンターです。「点滴」というと、普通は腕の静脈に細い管=カテーテルを刺し、スタンドに下げたバッグからポタポタ薬液が落ちてくるイメージをお持ちでしょう。手足からの点滴は、専門用語で「末梢ルート」といい、どの診療科でも日常的に行われる医療です。
一方、当センターが主に手掛けている点滴は「中心静脈ルート」の確保と造設です。

ー 中心静脈ルートとは?

岸 全身から戻ってきた静脈血が、最後に心臓に向かう「上大静脈」および「下大静脈」のことです。直径はおよそ3・5㎝。ここにカテーテルを導入し薬液を入れる点滴を「中心静脈カテーテル(CVC)」と呼び、その点滴のルートが
「中心静脈ルート」です。
末梢静脈との一番の違いは血流量です。末梢静脈では1分間に10㏄しか流れませんが、中心静脈は1分間に2リットル。牛乳パック2本分の大量の血液が流れています。

ー どんなケースで、中心静脈カテーテルが使われるのですか?

岸 代表例はがんの「化学療法」の点滴と、口から食事が摂れなくなった方に行う「高カロリー輸液」の点滴です。
化学療法で使われる細胞障害性抗がん薬は、がん細胞のDNAを傷つけ、増殖を抑える薬剤ですから、とても刺激が強いのです。投与量が多い、あるいは投与期間が長い場合、末梢ルートだと薬の濃度が変わりませんから、細い静脈が傷つき、血管痛を訴える患者さまが少なくありません。肝心のがん細胞に薬が届く前に、体がまいってしまいます。
体内に中心静脈カテーテルを留置しておけば、たくさんの血液で薬液がアッという間に薄まり、目指すがん細胞にスムーズに届いてくれます。治療のたびに、腕に注射針を刺す苦痛も軽減できます。

ー 胸部の静脈にカテーテルを刺すのですか?

岸 いえいえ。二の腕の静脈(橈側皮静脈、尺側皮静脈、上腕静脈)からカテーテルを挿入し、ガイドワイヤーで上大静脈に送り込む「PICC(末梢挿入型中心静脈カテーテル)」が推奨されています。
以前は内頚静脈や鎖骨下静脈など、比較的心臓に近い静脈が挿入口として選ばれ、このルートが中心静脈カテーテルと称されました。しかし合併症が指摘されるため、当院では救命救急医療の現場をのぞき、原則採用していません。
施術時に、誤って肺に穴をあけてしまう、隣の動脈を穿刺してしまうような事故が、全国で発生しています。さらに首もとや鎖骨の窪みは汗をかきやすく、体温も高いため、常在菌が多数存在し、カテーテルの入り口から感染症を起こしやすいデメリットもあります。

ー PICCの造設は難しい処置なのですか?

岸 まず血管エコーで対象となる静脈の位置や形を正確に把握します。昔の医師は指先の感触に頼ったものですが、それこそ事故のもと。エコー下で穿刺をしたら、レントゲン透視下で、静脈内にガイドワイヤーを進め、目的の中心静脈までカテーテルを導きます。
静脈は網の目のように張り巡らされていますから、正しい位置に留置するには正しい知識と技術が必要です。

ー カテーテルが静脈を通って心臓近くに留置されるのはわかりますが、反対側の体外へ出ている部分はどうなっているのですか?

岸 接続コネクターにつながっており、点滴を行わないときは、ここをロックします。さらに医療用防水フィルムをコネクターの上から貼ってガードしますから、シャワー浴は十分可能ですよ。
ただ衛生的といっても、点滴治療が1〜3ヵ月以上に及ぶ場合は、感染リスクが上がりますから、皮下埋め込み型の「CVポート(中心静脈ポート)」の設置をおすすめします。

安全で長期に利用できる埋め込み式CVポート

PICC(末梢挿入型中心静脈カテーテル)の模式図

当院で使われているCVポート
(左)パワーポートスリム。上腕への埋め込みに使用。(右)パワーポートクリアビュー。金属がまったく使われていないので、金属アレルギーの方も安心。どちらも上部のシリコンゴムの部分に点滴の針を刺す

ポートが埋め込まれている様子
皮膚のすぐ下にポートが埋め込まれ、ポートからつながるカテーテルが静脈に送り込まれている


腕ケモ

ATLAS法を採用し、周囲の筋肉を極力温存している

内頚静脈アプローチで埋め込まれたCVポート

アンギオグラフィ室(血管撮影室)。ガイドワイヤーをきれいに映し出すことができる。PICCやCVポートの造設には欠かせない

ー どのようなものですか?

岸 中心静脈カテーテルの進化系ですね。皮膚の上から点滴の針を刺すことができる箱(ポート)を皮膚の下に埋め込みます。ポートの大きさは厚みのある百円玉程度。
ポート表面にはシリコンゴムが貼ってあり、点滴の針は皮膚の上からこのシリコン部分を狙って刺します。皮膚に針が刺さりますので、チクっとしますが、腕の静脈に繰り返し針をさす末梢ルートと比べたら負担はごくわずかです。ポートから中心静脈までは、すべて皮膚の下に埋まり体外にはなにもありません。

ー 昔からあるのですか?

岸 1980年代から使われ始めました。ニーズが高まったのは、胃がん、大腸がん、すい臓がんなどで2〜3日連続の点滴投与のレジメンが一般化してからです。
化学療法は軌道にのれば、化学療法室への外来通院が可能になります。治療と家庭生活や仕事との両立を図っている方も多くいらっしゃる。ただし3日間、日常生活を送りながらの点滴には、安全で扱いやすい器具が必須です。必要量の抗がん剤を〝お持ち帰り用パック〞のインフューザーポンプに用意し、CVポートにつないで帰宅。3日後、無事点滴を終えたら、外来で外します。
長時間投与に限らず、がんの化学療法は、2年、3年と継続するケースが少なくありません。他にも長期間の点滴を要する疾患もあり、CVポートはいったん埋め込んでしまえば使い勝手がよく、患者さまからは好評です。

ー ポートはどこに埋め込むのでしょう。

岸 ポートを埋め込む位置は、数種類あります。内頚静脈や鎖骨下静脈からアプローチした場合は、胸(たいがい右の乳首のやや上部)に。二の腕の静脈からアプローチすれば、上腕部の内側または外側に埋め込みます。
上大静脈に感染が起こった経験のある患者さまでは、再感染を防ぐため、太ももの静脈からアプローチし、下大静脈にカテーテルを伸ばします。この場合は太ももや腹部など、体の動きを妨げない位置にポートを埋め込みます。

ー 先生は上腕外側への埋め込みに力を入れておられるとか。

岸 「LOVE surgery」と命名しています。
アンギオグラフィ室(血管撮影室)において、エコー下で上腕部の静脈にアプローチ。レントゲン透視下でカテーテルを中心静脈に導きます。
次に上腕に〝ポケット〞を作成し、そこから皮下トンネルを作り、静脈に刺入したカテーテルを引き込み、ポートにつなぎます。皮膚を縫合して終了です。
私が開発した手術の一番の特徴は「ATLAS」という手法。皮下のポケットやトンネルを作るとき、生理食塩水を皮膚の下に注入することで、筋肉や皮下脂肪などの組織のダメージを最小限に抑えています。

ー 腕のCVポートの利点について教えてください。

岸 女性の視点に立てば、まず整容面が挙げられるでしょう。胸にポートを埋め込んでいると、胸元の開いた服を着たときどうしても目立ってしまいます。
医師の立場では、長時間うつぶせ姿勢が可能なこと。肝臓や胆道、膵臓など、がんや転移があったときに、ERCPという、うつぶせで受けなければならない内視鏡検査中も使用できます。
他に胸にポートがあるとマンモグラフィ検査が受けにくい、自動車のシートベルトがぶつかる、という声も聞かれます。

ー おすすめの「腕ケモ(腕からの化学療法)」とはなんですか?

岸 腕にポートがあると、お持ち帰り用のインフューザーポンプを、スマホ収納用のスポーツ用アームバンドに収めて、点滴ができるのです。ポンプを首から下げたりポケットに入れておいたりすると案外重いし、どこかに引っ掛けて抗がん剤をこぼしてしまう事故もおこりがち。
腕ケモは、機能面はもちろん、バンドがカラフルでおしゃれな気分が楽しめます。
Arm chemotherapy(アームケモセラピー)、Wearablechemotherapy(ウェアラブルケモセラピー)と呼んでいます。

ー 闘病生活を前向きに送ってほしいというメッセージですね

岸 私の専門領域は消化器の中でも肝胆膵。手ごわいがん治療に携わるうち、患者さまのライフスタイルをできるだけ尊重した医療の実現に力を入れています。点滴という極めてベーシックな医療とデバイスが、長く蔑ろにされてきたため、PICCやCVポートの恩恵を受けられない人がたくさんいる。医療が文化として、世間に定着してないのです。
当センターでは、他の医療機関からの紹介を一切断らず、10年間やってきました。現在では、年間約500例のCVポート手術と約300例のPICCを私が処置しています。
通常30分〜1時間の手術ですが、私は実質3分で完成させますので、年間1000例ほどは十分可能です。

ー 介護度の高い方の高カロリー輸液にも、CVポートは活躍しているのですね。

岸 在宅医療の現場では、昔ながらのCVカテーテルが使われている例があるため、当院としてはPICCやCVポートの必要性を積極的に発信しています。
例えば脳梗塞による後遺症で、口から満足に食事ができなくなった場合、胃ろうや腸ろうを選択する方が多いのですが、十分な栄養を摂れないケースがある。お腹が張って吐き戻してしまう方もいます。高カロリー輸液なら無理なく1日最大で約2000キロカロリーまでの栄養が摂れる。体力がつくので、身体のリハビリや摂食嚥下のリハビリに成功し、要介護度が改善し、お口から食事ができるようになり、CVポートを抜去できた症例もみられます。

ー PICCとCVポートは、いろいろなシーンで期待されているのですね。ありがとうございました。

イムス札幌消化器中央総合病院