メディカル・ズームイン

鼠径ヘルニアの治療はロボット支援下手術の時代へ

年間18万人以上が手術を受けている「鼠径ヘルニア」。加齢でゆるんだお腹の筋肉の隙間から腸がはみ出し、鼠径部(足の付け根)にポコッと膨らみができる病気です。新松戸中央総合病院では「そけいヘルニアセンター」を開設。専門の医療チームが、安全で再発率の極めて低い腹腔 鏡下手術やロボット支援下手術に力を入れています。松尾亮太院長に詳しいお話をうかがいました。

新松戸中央総合病院 院長、消化器病センター長 松尾 亮太 医師

  • 日本外科学会外科専門医・指導医
  • 日本消化器外科学会消化器外科専門医・指導医・消化器がん外科治療認定医
  • 日本内視鏡外科学会技術認定医
  • 日本消化器病学会消化器病専門医・指導医
  • 日本肝臓学会肝臓専門医・指導医
  • 日本肝胆膵外科学会評議員
  • ダビンチ手術術者有資格者

中高年男性に目立つ鼠径ヘルニア

ー 新松戸中央総合病院には「そけいヘルニアセンター」があるとうかがいました。鼠径ヘルニアとは、どんな病気なのでしょう?

松尾  ヘルニアとは、ラテン語で「はみ出した」という意味。医学では、臓器や器官が本来の位置からはみ出した状態をさします。鼠径ヘルニアは、腸の一部が腹膜に包まれた状態で、鼠径部(足の付け根とその周辺)に向かってはみ出し、皮膚がコブ状に膨らむ疾患で、一般的には「脱腸」とも呼ばれています。まれに卵巣や膀胱がはみ出す症例もあります。
50歳以降の男性に特に多い病気で、女性の罹患者数は男性の5分の1から10分の1。やはり40歳以降の中高年です。手術による治療件数は年間18万件を超えており、珍しい病気ではありません。

ー なぜそんなことが起こるのですか?

松尾 一番の原因は、加齢によるお腹の筋肉や筋膜の脆弱化でしょう。特に腹圧のかかる鼠径部で、多くの場合は小腸が隙間から、重力に従い下方にはみ出てしまうのです。力仕事で踏ん張る、重いものを持ち上げる、呼吸器系の病気で咳が続く、慢性の便秘、肥満などが発症リスクを高めます。
少し詳しく説明すると、鼠径ヘルニアは、①外鼠径ヘルニア、②内鼠径ヘルニア、③大腿ヘルニアの3つに分けられます。鼠径部には、お腹から睾丸に向かう血管や精管、女性なら子宮の前側を支える靭帯が通る「鼠径管」というトンネルがあり、①ではこの鼠径管の筋肉がゆるんで、小腸が中に入り込みます。進行すると腸が陰嚢にまで落ちて来て、陰嚢が赤ちゃんの頭くらいの大きさに膨らむ例もある。患者さまは「歩きにくくて困っている」と来院されます。〝シモ〞の病気なので、恥ずかしくて受診が遅れてしまうのですね。

ー ②と③は?

松尾 ②は腹壁の筋膜の弱い部分からはみ出すタイプ。③は脚に向かう大腿動脈と大腿静脈が通るトンネルに大腸が入り込むもので、正常範囲内かMCIか認知症かを知るには、専門の医療機関を早めに受診することが大切ですね。こちらではどんな診療を行っているのですか?太腿の付け根が膨らみます。症例は少ないのですが、患者さまはスリムで出産経験のある高齢女性が中心。
なお鼠径ヘルニアは小児にもあります。胎児の頃にできる腹膜の小さな袋が、出生後もふさがらないケースがたまにあり、そこに腸が入り込むのが原因です。袋の根元を縛る手術で根治します。

ー 痛みなどはないのですか?

松尾 常は違和感、内臓が引っ張られるような不快感を訴える方が多いですね。仰向けに寝て膨らみを撫でると、腸はある程度元の位置に戻ります。
問題は「嵌頓」を起こした時。はみ出した腸を包む腹膜の出口=ヘルニア門が比較的狭い場合、腸が元に戻らなくなることです。ヘルニアが、形も硬さもゴルフボールのような塊になり、激しく痛みます。腸が締め付けられ、血行障害が起こりますから、治療が遅れると腸閉塞や腸の壊死を招き、一大事です。場合によっては大きく開腹し、腸の壊死部分を切除してつなぎ直す手術になります。
鼠径ヘルニアは自然治癒することはなく、徐々に進行する疾患。万一の嵌頓を防ぐため、膨らみに気づいたら、なるべく早く外科もしくは消化器外科を受診してください。

ー どんな検査と治療が行われるのですか?

松尾 丁寧な問診と触診、補助的に超音波検査やCT撮影を実施し診断します。
治療は手術一択です。よくヘルニアを上から圧迫するベルトの宣伝を見かけますが、状況によっては内臓を傷つけ、症状を悪化させかねず、おすすめできません。腹筋などの体操も効果ゼロです。

ー 手術について教えてください。

松尾 術の目的は、腸が再びはみ出さないよう、ゆるんだ筋肉・筋膜の代わりになる丈夫な〝瘢痕プレート〞を作ることです。そのためにポリプロピレンやポリエステルのメッシュシートが使われます。
手術の種類は大きく分けて、❶鼠径部切開法(腹膜前方修復法)、❷腹腔鏡下手術(腹腔内到達法TAPP、腹膜外到達法TEPP)、❸ロボット支援下手術の3つがあります。
❶は昔から行われてきた方法で、鼠径部を外から4〜5㎝切開。腸を正しい位置に戻したのち、腹膜外側と筋肉の間、もしくは腹壁を構成する筋肉を包んでいる筋膜の下にメッシュを挿入・固定します。やがてメッシュの刺激によってメッシュを覆い隠すように瘢痕組織が板状にでき(瘢痕プレート)強度を発揮します。

ー ❷の腹腔鏡下手術は、お腹に数ヵ所小さな穴をあけ、カメラ(腹腔鏡)と鉗子などの手術器具を挿入して手術を行う方法ですね?

松尾 はい。お腹の中側からヘルニアにアプローチする手法です。腸を引き戻し、たるんだ腹膜を修復した上で、腹膜の外側(腹膜前腔)にメッシュを固定します。メッシュの大きさは、約15㎝×10㎝の楕円形。ポリプロピレンは、まずアレルギーの心配がありません。植木鉢の底の穴をシートでふさぐとしたら、外側より鉢の中側からふさいだ方が、力学的に安定しますよね。鼠径ヘルニアの手術でも理屈は一緒です。
当院の手術は、近年ほとんどが腹腔鏡下手術か、ロボット支援下手術です。傷口が小さく、出血と痛み、感染リスクが少ないことも大きな利点と考えています。

ロボットのテクノロジーが手術をサポート

ダビンチ手術で腹膜に固定されるメッシュシート

腸がはみ出さないようメッシュシートを腹膜の内側から固定する。やがてコラーゲン繊維に覆われ、丈夫なプレートになる

センハンス・デジタルラパロスコピー・システム

ー ❸のロボット支援下手術とは、どんなものなのでしょう?

松尾  腹腔鏡手術の発展形と考えてください。執刀医は患者さまの横には立たず、モニター画面を備えたコックピットに着席。複数本のロボットアームの先端にとりつけたカメラと手術器具を、コンピュータ制御で操作し、手術を行います。カメラの位置やズームを助手ではなく執刀医が管理できること、手ブレ防止機能があること、手術器具の手元操作を大きく、あるいは小さく反映させるモーションスケール機能があることなど、テクノロジーの恩恵が得られます。
当院は現在「センハンス・デジタルラパロスコピー・システム」と「ダビンチサージカルシステム」の2種類のロボットを導入。鼠径ヘルニアの術式は共に腹腔鏡下と同じTAPPです

ー それぞれのロボットの特徴を教えてください。

松尾 センハンスは、使用する手術器具と、手元の操作方法が腹腔鏡下手術とほぼ共通です。従って腹腔鏡下手術に習熟した医師であれば指導者の管理のもと、比較的スムーズに移行できます。
後述のダビンチは日本内視鏡外科学会の技術認定医でなければ扱えないのですが、センハンスはその縛りがありません。技術認定医の合格率は20%と狭き門。しかし数年後には日本でもロボット支援下手術がスタ ンダードになりますから、医師も周りの医療スタッフも、一日も早くロボットに精通する必要がある。若手を国際標準に育成するという観点から、センハンス導入には意義があると考えます。
センハンスはコックピットがオープンスタイルで、周囲とコミュニケーションが取りやすい、手術器具が内臓に触れた触覚が、手元にフィードバックされるといった特徴もあります

ー 患者さまにとって、メリットはありますか?

松尾 技術面でのメリットは、一般の腹腔鏡下手術と同等でしょう。腹腔鏡下手術は、約98種類の術式が健康保険に収載されていますが、センハンスでも同じ術式ならすべて適用。患者さまの経済的負担は少なくて済みます。

ー ダビンチは、どんな点が優れていますか?

松尾 カメラの解像度が高く、ズームも自在。モニター上の立体画面で術野の細部まで視認できます。またロボットアームの関節が7方向360度、思いのままに動くので、体の深部にも到達しやすく、細かい神経や血管のある病変部の切除や縫合など、難易度の高い作業は、圧倒的に有利といえるでしょう。病変部周辺の組織や機能を極力温存することも可能です。
ただ前立腺がんが初めて保険収載になったのが2012年と歴史が浅く、これまでは保険でカバーできる術式は限定的でした。しかしながら2年ごとの保険改定のたびに術式は加速度的に拡大してきており、今後ロボット支援下手術はますます発展することが予測されます。
鼠径ヘルニアのダビンチ手術は、現在のところ自費診療です。2年後の制度改定時に保険収載されるよう、新松戸中央総合病院を含め全国15の医療機関が臨床研究に参加しており、私も推進者の一人。患者さまの体の負担はごく少なく、成績は上々です。
「そけいヘルニアセンター」では、この疾患に特化した医師と医療スタッフが診察から手術まで一貫してケアしますから、安心して受診してください。

ー ありがとうございました。

新松戸中央総合病院